浮世絵マニアック

トミー・リー・ジョーンズと月岡芳年

缶コーヒーBOSSのCMと浮世絵の意外なつながり

1. 異例のCM出演

人気俳優トミー・リー・ジョーンズ氏(Tommy Lee Jones・1946-)はサントリーの缶コーヒーBOSSのCMに30年以上出演してきました。「宇宙人ジョーンズの地球調査」という設定で、硬派でありながらも時にはユーモアや繊細さを見せる演技が人気を博し、日本人から最も愛されている外国人俳優の一人ではないでしょうか。

アメリカと日本ではCMにスター俳優を起用する意味合いが大きく異なります。アメリカのCMは商品を手に取ってニッコリ微笑んで紋切り型の説明を繰り返すだけというものが多く、人気俳優が出演すると自身のイメージを落とすとされています。日本のCMに出演する場合には日本以外では決して映像を公開しないという契約を結ぶのが通常でした。

2. 生い立ちと来歴

『逃亡者』(1993)で翌年アカデミー助演男優賞を受賞し、『メン・イン・ブラック(MIB)』シリーズ(1997-)で遅咲きながらスター俳優だったジョーンズ氏は、なぜ日本の缶コーヒーのCM出演オファーを受け入れたのでしょうか? その理由は彼の大学時代にあります。彼は苦学の末ハーバード大学に入学し英文学(演劇)を専攻、そこで日本の歌舞伎についての講義を受けてから日本の文化・芸術にただならぬ関心を寄せていたと後のインタビューで語っています。[*1]

『MIB』のSFキャラクターそのままに、さまざまな日本の職場で働くキャラクターを演じ分けている姿からも日本文化に対する敬意を持っていることがわかります。なお、大学時代のルームメイトが後のアメリカ合衆国副大統領アル・ゴア氏であったことも有名なエピソードです。

3. 月岡芳年の『月百姿』

月岡芳年「月百姿 玉兎 孫悟空」

ジョーンズ氏は、月岡芳年(つきおか よしとし・1839-1892)の浮世絵の中で最も気に入っているのが『月百姿(つきひゃくし)』で、これまで34点を収集していると来日インタビューで答えています。[*2]

月岡芳年による『月百姿』は、1885年から1890年にかけて制作されたシリーズで、総数100枚で構成されます。月をモチーフに日本の歴史、伝説、文学、風俗など多岐にわたる題材が取り上げられています。それぞれの作品に描かれる人物や場面は、月の美しさやその神秘性を背景にして、芳年の独特の感性と技術で表現されています。

4. 異色の浮世絵師

月岡芳年は、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した日本の浮世絵師です。彼の作品は、その緻密な描写と鮮やかな色使い、力強い表現が特徴で、浮世絵が衰退期に差し掛かっていた時代にあって、新たな試みを行った絵師として評価されています。特に、芳年の描く幽霊や妖怪の図は、リアリズムと幻想性を融合させた独特の雰囲気を持ち、後の芸術家たちにも影響を与えました。

浮世絵の伝統的な技術に新しい感性を融合させたこのシリーズは日本美術史において重要な位置を占めています。その美しさと、背後にある豊かな文化的意味合いは、ジョーンズ氏を含めて現代の観賞者の多くを魅了しているのだと思います。

月岡芳年「つき乃百姿 大物海上月 弁慶」

5. 浮世絵の展覧会と自動販売機

現代でも月岡芳年の『月百姿』を鑑賞する機会は多くあります。例えば東京・渋谷の太田記念美術館では「月岡芳年 月百姿」と題し全100点を以下の日程で展示します。[*3]

太田記念美術館「月岡芳年 月百姿」展
2024年4月3日(水)~5月26日(日)
前期 4月3日(水)~4月29日(月・祝)
後期 5月3日(金・祝)~5月26日(日)※前後期で全点展示替え
アクセス:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10 TEL:03-3403-0880

太田記念美術館

さて、日本のCMに出演した俳優ジョーンズ氏の人気は、本国アメリカではガタ落ちになったのでしょうか? そんなことはありませんのでご安心ください。現在、YouTubeでも全世界的に缶コーヒーBOSSのCMを見ることができますが、ジョーンズ氏のいぶし銀の演技とコミカルさ、ドラマ性が高く評価されています。何より、ジョーンズ氏自身が大の親日家であることを公言し、来日の度に家族で京都や北海道を旅行した思い出を語っています。そして、現在訪日外国人旅行者は年間2500万人を超えました。アメリカ人を含む世界中の人々が、日本の街のいたるところで、自動販売機の中で宇宙人ジョーンズに遭遇しています。彼の自信に満ちたその顔に日本を愛する姿勢を知り、敬意と誇りをもって見返しているのではないでしょうか。

自動販売機 サントリーBOSS缶コーヒー

参考文献

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