1. 未来を映す「デジタル分身」——万博で実証される新たな自分のかたち
メディアアーティストの落合陽一さんは、2025年の大阪・関西万博において、個人の分身となるデジタルアバター「Mirrored Body」を初公開します。彼が描く未来社会では、実際の人間とそのデジタルコピーが連携し、現実と仮想が行き来するような生活が当たり前になります。たとえば、本人が倒れて意識を失っていても、代わりにそのアバターが医療者に応答できるような仕組みを想定しています。これは落合さんが長年研究してきた「デジタルネイチャー」という思想、すなわち自然・人・テクノロジーが境界なくつながる世界観の一端です。近年、世界中で進化するAI技術とも歩調を合わせる形で、「Mirrored Body」は人間とデジタルの関係を新たに定義しようとしています。今回の万博を、その思想を社会に問いかける実験の場として位置づけています。

2. “空(くう)”が生む体験空間——身体と風景がゆらぐ鏡のパビリオン
落合さんがプロデュースするパビリオン「null²(ヌルヌル)」では、物理とデジタルの境界を曖昧にする空間演出が行われます。そのコンセプトの根幹には「2つの鏡」があります。ひとつは、内側で体験するデジタルの鏡——無限反射する空間で自分の分身と向き合う空間。もうひとつは、建物の外側に施された「変形する彫刻としての鏡」であり、周囲の風景を歪ませながら、現実の視界に非現実を溶け込ませます。この二重構造は、仏教の教え「空即是色」からインスピレーションを受けており、「空(くう)」を英語で表現した“null”という言葉がパビリオン名に込められています。素材開発には3年が費やされ、風や音、機械的な動きによって形を変える特殊な膜が建築に用いられています。訪れる人々に、テクノロジーが自然と溶け合う感覚を実体験してもらいたいという強い想いが込められています。

3. 分身と重ねる対話——アバターが「自分」に近づくしくみ
パビリオン内部の体験では、来場者が自らの3Dアバターを生成し、そのアバターと対話を重ねることで“自分らしさ”が蓄積されていく仕組みが用意されています。このアバターが「Mirrored Body」と呼ばれるもので、専用アプリとスマートフォンのカメラを使って2分ほどで立体的に作られます。その後、ユーザーがアバターと対話を続けることで、その言葉や思考がデータとして蓄積され、より本人に近い“知性”を獲得していきます。また、その情報はNFT化されることで、世界に一つだけの、ユーザー本人専用のデジタルIDとして機能します。落合さんは、自己情報を自分自身が管理する「自己主権型」の未来に向けて、この仕組みを通じた社会実験を提案しています。50万人分のMirrored Body生成を目標とし、万博終了後も継続的なアップデートが可能な仕組みが設計されています。

4. 健康との連携——個人データの主権を取り戻す未来へ
落合さんが「Mirrored Body」に最も期待している応用領域のひとつが、健康や医療との連携です。PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)と呼ばれる個人の健康データと連動させることで、たとえば薬の飲み合わせや食事のアドバイスをアバターが行えるようになります。また、医師との問診もアバターが代行するような場面を想定しています。日本でもマイナンバーカードと健康データの統合が進む中で、「Mirrored Body」に個人情報を預けることがより現実味を帯びてきました。この仕組みの本格展開に向けて、経済産業省のPHR社会実装加速事業にも採択されています。将来的には旅行時の本人確認や依存症対策など、さまざまな分野での応用も期待されています。落合さんは「自分の情報を自分で管理する社会こそ、テクノロジー時代の自由のかたち」と語り、自己主権型社会の確立に向けた技術の在り方を示しています。