デジタルマニアック

コンピューターとチェスの意外な関係

トルコ人からChatGPTまでを巡るコンピューター小史

アメリカのサスペンス小説家ローレンス・ブロック(1938-)の作品集『おかしなことを聞くね』に収録されている短編タイトル「成功報酬」(原題: The Ehrengraf Defense)に次のセリフが出てきます。

「…なんとかいう格言がありましたな? 最良の防御は良い攻撃である。いやいや、その逆でしたか、最良の攻撃は良き防御である。ま、それはどちらでもよろしい。これは戦争とチェスにおける格言だが…」[*1]

1. 戦争とコンピューター

現代史の中で、戦争が生み出した最大の発明はコンピューターと核兵器だと言われています。コンピューターは大砲の弾道計算や暗号読解のために開発され進化を遂げました。原子爆弾は日本に甚大な被害をもたらし、太平洋戦争の終結という史実を深く刻みました。コンピューターと原子爆弾、この2つの関係は「印刷マニアック」のバックナンバー「印刷マニアック、maniac、MANIAC マニアックという言葉とMANIAC小史」(2020.06.15)で紹介していますので、こちらもどうぞ。

2. コンピューターとチェス

トルコ人(The Turk):箱の中でチェス名人が隠れて操作するカラクリでしたが、だれも仕掛けに気づくことなく、多くの対戦相手や知識人がだまされました

コンピューターとチェスにも深い関係があります。コンピューターが生まれる前のはるか昔、18世紀のヨーロッパで「トルコ人(The Turk)」と名付けられた機械仕掛け人形がチェスで人間を打ち負かすという見世物がありました。

1784年には、ナポレオン・ボナパルトが、アメリカの興行ではベンジャミン・フランクリンが「トルコ人」と対戦しあえなく惨敗したという記録が残されています。実際にはチェスの名手が機械の下に隠れていただけのマジックだったのですが、だれもそのトリックを見破れませんでした [*2]。むしろ、人間以上に知能を持った機械の出現に驚愕したのです。

3. MANIAC-Iとチェス

MANIAC-Iでチェスをするポール・スタインとニコラス・メトロポリス [*3]

コンピューター黎明期のMANIAC-Iは、1956年にアメリカ・ロスアラモス国立研究所でチェスの対戦プログラムを実装し、研究者たちとプレイをしたという記録が残されています。

機械(コンピューター)は人間を超えた知能を持つことができるのか、これを証明する場はいつも「チェス」というステージが用意されていました。つまり、チェスという戦術ロジックはコンピューターの知能レベルを測るのに最適だったのです。

4. IBMディープブルーとカスパロフ

そして、1996・1997年に、当時チェスの世界王者だったガルリ・カスパロフ(アゼルバイジャン出身・1963-)がIBM社のチェス専用コンピューター「ディープブルー」と2年にわたり対戦しました。カスバロフの3勝1敗2引き分け(1996年)、1勝2敗3引き分け(1997年)とほぼ互角の結果ではあったものの、「コンピューターがチェスの世界王者に勝利した」という速報がインパクト大きく世界中で話題になりました [*4]。人々がコンピューターの進化に期待したいという心理が働いた結果と言えます。

チェス専用コンピューター「ディープブルー」(画像: IBM)

5. IBMワトソンとSiriとChatGPT

ここから「チェスで対戦」というステージはコンピューターの歴史から消えていきます。IBM社ワトソンは2011年にアメリカの人気クイズ番組「Jeopardy!」(ジェパディ!)に挑戦し、番組史上最強のチャンピオン2人に勝利します [*5]。賞金は100万ドルでした。コグニティブ、一般的にはAI(人工知能)、ニューラルネットワークによるディープラーニングの時代の到来です。

「Jeopardy!」のテストマッチでチャンピオンの1人ケン・ジェニングズ氏と戦うIBMワトソン(画像: Flickr)

現在、SiriとChatGPTは両方ともAIでのインタラクティブ(対話)システムですが、いくつかの違いがあります。ChatGPTは、広範な知識を持つAI言語モデルであり、種々のトピックスに対応できます。一方、Siriは、Apple社のデバイス(iPhone、iPad、Macなど)専用に内蔵された音声アシスタントにすぎません。

とりわけ、ChatGPTはインターネット上にある膨大なテキストデータを学習しています。質問者からのテキストベースの質問・リクエストをキーワードごとに分析し、各キーワードの次に続くテキストを統計論から導き、自然言語で構成して回答を生成する仕組みとなっています。

すでにシンギュラリティは到来しているとの見方もありますが、筆者はその点に関しては否定的であると言わざるを得ません。それは、インターネット上の情報の分析と取りまとめはできるものの、GPT-4は「考える」ことができないからです。よって「弱いAI(weak AI)」の域を超えてはいません。だからこそ、人間によるChatGPTの使い方が大切で、より良い回答を得るための質問入力を工夫する必要があるのです。18世紀の「トルコ人」ではありませんが、スマホの中には考えることのできる人間が入っていないのです。

Chat-GPTは質問の仕方が重要

参考文献

  • [1] ローレンス・ブロック.(1992).『おかしなことを聞くね』ローレンス・ブロック傑作集〈1〉収録.「成功報酬」(高見浩訳).ハヤカワ・ミステリ文庫.
  • [2] 「トルコ人 (人形)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/).2023-07-01アクセス.
  • [3] Atomic Heritage Foundation. “Computing and the Manhattan Project”. Jul-18-2014. https://ahf.nuclearmuseum.org/
  • [4] Clive Thompson. “What the history of AI tells us about its future”. MIT Technology Review. Feb.-18-2022. https://www.technologyreview.com/2022/02/18/1044709/ibm-deep-blue-ai-history/
  • [5] 日本アイ・ビー・エム株式会社.(2011).「Watsonと名付けられたコンピューター・システム」IBM 100年の軌跡(創立100周年記念サイト).https://www.ibm.com/ibm/history/ibm100/jp/ja/icons/watson/

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