浮世絵マニアック

「歌舞伎~市川團十郎という男~」

浮世絵によく描かれている歌舞伎役者。今回は市川團十郎にスポットを当ててご紹介します。

そもそも歌舞伎とは?

江戸時代初期に出雲阿国(いずものおくに)という女性が始めた「かぶき踊り」が起源とされています。そこから江戸幕府による遊女歌舞伎禁止令により「野郎歌舞伎」が生まれ、現在の歌舞伎の形になりました。名前の由来は、江戸や京都などの都市部で流行した、異風を好み、派手な身なりをして常識を逸脱した行動に走る者たちのことを指す「かぶき者」からきています。

屋号(やごう)

屋号とは、その家や一門の特徴に基づく称号です。芸風を表すといわれており、役者が受け継ぐ芸風と伝統を表しています。例えば、同じ中村性でも吉右衛門と勘三郎では、芸風が異なるため屋号は異なり、
中村吉右衛門は播磨屋、中村勘三郎は中村屋となっています。

代表的なものでは、市川家の成田屋(なりたや)や尾上家の音羽屋などがあります。

名跡(みょうせき)

長い歴史の中で特に名声を得た俳優の名を「名跡」と呼びます。その中でも、特に格式が高く、代々継承される名前を「大名跡(おおみょうせき)」といいます。

特に 「市川團十郎」 は、歌舞伎界で最も格式の高い名跡の一つとされ、江戸歌舞伎の象徴的な存在であり、その名跡を継ぐことには深い意義があるのです。

歌舞伎の頂点に立つ理由

初代市川團十郎は、江戸歌舞伎における「荒事」(力強い演技スタイル)を確立しました。これが江戸歌舞伎の象徴となり、後に「歌舞伎十八番」として体系化されました。さらに、歌舞伎十八番を正式に継ぐことができるのは市川團十郎の家系のみであり、これにより市川團十郎は単なる役者の名跡を超え、歌舞伎の正統を体現する存在となりました。団十郎の名は、歌舞伎の精神と技術の象徴であり、その伝統を守りながら、次世代に継承していく責任を負う重要な存在なのです

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